統合失調症の初回面接

初診面接の意味

この章では入院相当のケースは取り上げない。初診後引き続いて外来通院可能な患者を想定した初診面接である。

初診面接は診断、信頼関係の樹立、治療の導入という3つの局面を同時並行的に進めなければならない。診断については第1章を参照していただくとして、初診面接の精神療法的な側面について述べることにする。初診では患者に安心を与え、回復を保障し、自ら病いに立ち向かう気持ちを持たせることができれば、その面接は成功したといえる。

1 一人で受診してくるケース(軽症統合失調症)

まず、統合失調症を思いつくこと

近年は家族に付き添われずに自ら診療を求めて受診するケースも増えてきた。こうした場合、幻覚や妄想を主訴として来院することは例外的で、通常は抑うつ気分や対人関係の悩み、あるいは自分の性格の問題として訴えてくる。病歴の聴取に当たって、かすかな自我障害の痕跡、被害・関係念慮のけはい、幻聴の有無などを頼りに診断を確かめなければならない。彼らはある程度「どこか自分が変だ」という感覚を持っている。一種の困惑や思考面のまとまりの悪さから統合失調症の診断を思い至ることが少なくない。

軽症統合失調症の場合、面接の姿勢は神経症と基本的には変わらない。よく話しに耳を傾け、共感を持って話に聞き入ることである。しかし、「そのとき、なにか自分の考えていることが相手に分かってしまうというように感じることはありませんか?」「自分のいないところで、自分の噂が流れていると思いませんか?」「自分に関する声が聞こえてこないでしょうか?」などの質問を適宜挟みながら聞き、該当する反応があれば、限界吟味をしてゆく。真性幻覚なのか、偽幻覚なのか、それは本当に自我障害なのか、ほかにも自我障害があるのかなどである。適切な質問は専門家としての医師への信頼感を高め、これまで誰に語っても理解されなかったことを初めて分かる人物と出会えたという安心を生むだろう。それは治療同盟の始まりである。

軽症統合失調症であるという診断がついたときには、それが病理的な現象であることを何らかの形で伝えなければならない。患者は概して心因論者である。こうした現象が周囲の圧力によって引き起こされていると考え、自分の感じ方、受け取り方に問題があるとは考えない。患者が求めている治療はそういうストレスから守ってほしいというものであろう。もちろんはじめはそうした要請から治療を開始するのも良い方法であるが、いずれは病理が自分の中にあることを分かってもらい、その治療のために薬物療法が必要性であることを知ってもらわなければならない。

説明のための比喩の選択

そのようなときには、いくつかの比喩を用意しておくとよいかもしれない。比喩は患者の思考障害の程度や自我の混乱の程度を計りながら選ぶ。一般に急性混乱期には比喩はいっそう混乱を深め、意味が多重化して妄想に取り込まれることがあるので、そのときには比喩を使わず、できるだけ明確で含みのない言葉で語る方がよいだろう。

比喩の例として、「今のあなたの状態は、本来1本のアンテナでよいのに、感度の良すぎるアンテナが何十本も立っている状態といえるでしょうね。そうすると、信号と一緒に雑音も拾ってしまうでしょう。大量に入りすぎた情報は処理し切れなくなって、雑音もみんな意味を持ってくるということになるかもしれません。今、あなた雑音と信号を判別する心のフィルター機能は疲れ果てて混乱状態とはいえませんか」「今あなたに必要なのは休息でしょう?でも、休もうとしても休めないですね。これから処方する薬はあなたのこうした状態を根本的に改善してくれます。すぐには効きませんが、1週間すると、不安や怯えが少なくなり、舞台に上げられてような注目されている感じもなくなってくるでしょう」など。

車のエンジンの回転数が上がりすぎた状態の比喩を使ってもよいし、過覚醒モデルを使っても良い。

初回処方

初回処方はまず夜間の睡眠を十分に確保することを目指す。軽症統合失調症ではごく少量の抗精神病薬で奏功することが少なくない。haloperidol, sulpiride, risperidone, perphenazine, chlorpromazine などから選択するのが良いであろう。錐体外路系の副作用の少なさから、第一選択薬はsulpirideが使いやすいかもしれない。risperidone も有効であるが、アカシジアの出現率が高いことがネックになる。olanzapineは肥満しやすいので服薬をいやがることも多い。

軽症統合失調症では抑うつ気分を伴うことが少なくない。SSIRIやSNRI、あるいはamoxapine , amitriptilineといった抗うつ剤の併用を要するケースが近年増えてきたように思う。

家族への説明

単独受診の場合には家族に受診を知られたくない人が少なくない。その場合には、時期を待って、一度ご家族にも病状を説明しておいた方がよいのでは?と面接の希望を伝えるようにしている。統合失調症という病態は軽症統合失調症であってもやはり重いものである。長い治療期間を考えると、家族の協力と理解は必須のものと考えざるを得ない。

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2 家族に付き添われて来院するケース(急性統合失調症)

家族との面接

患者と家族のどちらを先に会うかは微妙な問題である。同席面接で家族が患者に遠慮して正しい情報が得られないので、いったん患者を戻し、家族にこれまでの経過を聴取してから、改めて患者を呼び、面接に入るのが定式であろう。

患者との治療同盟の樹立

聞き入ること

患者は自分の病的体験や妄想を真剣にかつ無条件に、価値判断から自由な立場で聞き入ってもらった経験を持たない。医師が共感的態度で、しかも迎合的でなく聞き入ることはすでに一種の治療行為に入ったことになる。幻覚や妄想は患者にとって確信的体験であるためにこれを頭から否定することは自分を信じてもらえなかったと感じさせるだけである。しかし、幻声にしても、会社や学校で起こっている妄想的体験にしても「どこか変だ」という感覚はある。「それは少しあなたの過剰判断ということはないですか?」「あなたには納得できないかもしれませんが、声は病気のせいで聞こえてくるんですよ。だから、治療すれば治ってきます」など。反論に対しては、そこでは争わない。迎合して妄想を追認するようなことは行わないこと。分からないこと、辻褄の合わないことは、はっきりと「分からない」と伝えること。

猜疑心に対応する

患者はすでに幻覚・妄想の世界に投げ込まれており、周囲の人間に対しても激しい不信に陥っている。受診にしても彼ら自身にとって納得のゆかない行為であり、陰謀の一環としてとらえていることも少なくない。治療者は患者の持つ絶対的孤立感を理解しておかなければならない。治療は家族から委託はされているが、あくまで医師は患者の代理人であり、味方であるというメッセージは面接の中で力強く伝える必要がある。

直截で含みのない言葉で語る

統合失調症の事態では言葉は多義性を帯び、内包が拡大し、曖昧な意味に耐え得られない。曖昧さは妄想の母胎になりやすく、混乱を助長し、自我機能をさらに破壊する。含みのない、曖昧さのない、明確でわかりやすい表現につとめなければならない。誠意、真剣、共感性などの非言語的なメッセージは不思議と誤解なく伝達される。

言葉を補うこと

急性精神病では言語はその道具性を失い、危機に陥る。自分の病的体験、今日に至った説明を論理的、あるいは時系列的に語ることができなくなる。たとえ錯乱や思考障害がなくとも、急激に異常な意味が体験野に突出し、言葉は空転する。したがって、面接の中で、言葉を補う操作を必要とする。医師の持っている精神病理学的知識を背景に、「…ということなのでしょう?」と、患者の内部の意味関連を了解してゆく作業である。

ある程度構造化された質問をすることは鑑別診断や限界吟味以上の意味を持つ。ほとんどの患者は自分の症状は自分だけの独特なものと考えている。「そのときに、あなたは舞台の上に無理やり上げられたような感覚、自分が世界の中心に置かれたような意識になって、それからいろいろ不可解なことが起こるようになったのでないですか?」とか、「自分に関する声が聞こえてきたり、噂が流れるようになったということですね?」「どんな噂が流れました?」「自分が筒抜けになってしまっている、と言うことなのでしょうか?」など。

言いたくないことは話さなくてもよい

統合失調症者は「すでに知られている」意識を持ち、かつ知られたくない感覚を持っている。あらかじめ「話したくないことは話さなくともよい」ことを告げておくこと。言い淀んだときに、「いいんですよ。今お話ししたくなければ」とやさしく押さえるだけで患者の緊張は大幅に低下する。

患者の不安に焦点を合わせる

受診した患者は確かに「病識」といわれる病の明確な自覚はないけれど、自分が正常であるとは実は思っていない。自分の周囲に説明しがたい異常な事態が生じており、その意味を解読できないままに立ち竦んでいる。彼らは激しい不安と焦燥の渦に巻き込まれ、孤立感は深まり、睡眠はとれなくなり、極度の緊張状態が持続している。初診時にはとくに、われわれが関心を持つ幻覚や妄想、自我障害に焦点を合わせて治療の同意をとろうとしても失敗に終わる。それらは一時保留し、棚上げして彼らの不安や緊張に焦点を合わせるべきである。彼らは救いを求めているのである。「これまでずっとあなたはひどい緊張と不安の中にいたのでしょう?こんな状態が続けば、誰だって病気になってしまいますよ」「信じにくいかもしれませんが、この恐怖や緊張は病気から来るのです。治療を始めればきっと楽になってきます」など。

病気であることの告知と治ることの言明

病名告知をするかどうかはさまざまな立場があり、著者は慎重派である。統合失調症という病名の持つ重みと深刻さはそれだけ大きいと言わざるを得ない。しかし、病気という枠を無視すれば、治療を行うという根拠を失ってしまう。病気であるという告知は、治療の必要性と治療によって回復するという2つの意味を伝えることになる。

病気であることを認めたくない患者も多い。そうした場合、治療者は力んで説得する必要はない。無理に病人に仕立て上げようとしていると妄想を発展させる可能性があるからである。患者の不安、緊張、焦燥、誰も信じられない、睡眠がとれないということが病気からくるものであることだけを押さえればよい。「それをまず治しましょう」という合意を得ること。

回復の標識を伝えておくことも有用である。薬を飲んでいるうちに、まず良質な睡眠がとれるようになること、しだいに自分を中傷したり、命令したりする声が聞こえなくなってくること、不安が少なくなってくること、不安や緊張から解放されるようになってくることなど、あらかじめ話しておくとその後の治療がやりやすくなる。責任を持って治療にあたる、治すという治療者の覚悟が伝われば2回目以降の治療は負担の少ないものになる。

急性精神病の初回薬物療法

外来治療における抗精神病薬の種類と量の選択は、幻覚・妄想や自我障害の強さに対してではなく、精神運動症状や睡眠障害の強さに合わせて処方すると失敗が少ない。統合失調症の陽性症状を早期に鎮圧する必要はなく、抗精神病薬は遅効性であると割り切って少しずつ増量する方がよい。その理由は漸増法をとった方が副作用の出現とその対応に対して有利であるからである。第1選択薬は非定型抗精神病である。効果よりも、副作用の少なさが優先されるからである。olanzapine、risperidonなどである。またhaloperidolも的確な効果から第一選択薬の候補である。鎮静が必要な場合にはchlorpromazineを選択する。鎮静作用が強い薬物は拒薬や薬物不信の原因となるので避けたい。副作用の説明はあらかじめしておくこと。「この薬を飲むと、少し眠くなるかもしれません。でも心配はありません。4-5日すると、効いてきて、あなたの不安や緊張を和らげ、聞こえてきたり、周囲から当てこすられているような感覚が少なくなってきます」「人によって、手がふるえたり、口が渇いたりすることもありますが、これも心配ありません。不安なら連絡してください。こうした薬は、飲み始めは不快かもしれませんが、それもだんだん体に慣れてきます。こうした薬は原則として安全なものですから、安心して飲んでください」など。

家族に伝えること

統合失調症と初診時に伝えてもよいが、むしろその疑いがあるという表現から始めるべきであろう。実際統合失調症の予後はさまざまであり、鑑別を要する疾患も少なくない。告知にまつわる家族の衝撃を配慮することも必要である。経過を見ることが大切であることを理解していただく。

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